松尾ジンギスカン物語

    明日夜に古くからの友人S氏と二人で「まつじん銀座店」(まつじん 銀座)に行く予定だ。今朝は気象予報どおり今年二回目の大雪警報が当たって、本格的に降り出してきた。さっぽろ雪まつりも昨日開幕したことだし、「雪見ジンギスカン」と洒落込むか!? 二人とも初めて行く店で、今後のための様子見も兼ねている。食通のS氏とは半年振りぐらいに会うので楽しみだ。
 
タレにつけた松尾ジンギスカンってなんで松尾?答は「創業者が松尾政治(マサジ)だから」。彼は大変な苦労人で、ジンギスカン店を始める前は北海道・滝川で博労(ばくろう)をしていた。博労は浮き沈みの激しい商売で、家族は大変な貧乏で苦労をした。戦後まもなく、親戚が井戸に吊るしてあった肉を切って焼いて食べさせてくれた。その旨さにびっくりした。
 
これは商売になると確信した政治は、どうやって作るか教えてくれるように粘りに粘って頼んだ。遂に根負けして教えてくれたのが「これは緬羊だよ」の一言。果物や野菜を使った特製のタレに漬け込むことで、癖があって食べられない羊肉が美味しいジンギスカンになることがわかった。
 
その日から政治は、毎日タレの研究を行い、10年後に「これならいける!」と確信できるジンギスカンが出来上がった。こうして売り出されたのが「松尾ジンギスカン」だ。昭和31年3月1日のこと。その後、滝川公園で花見の時期に七輪は無料で貸し出し、その上でジンギスカンを焼いてもらって松尾ジンギスカンの美味しさを伝えようと考えた。
 
外で七輪でジンギスカンを焼くと良い匂いが周辺に広がり、その匂いにつられて「俺も」「俺も」とお客さんから注文が入り、七輪は全て出払っても間に合わないぐらいジンギスカンが売れ出した。「松尾ジンギスカンは旨い」「旨いジンギスカンはあの店に行けば手に入るぞ」という評判が口コミで広まっていった。