希望と哀しみ

 きょう夜、「緊急事態宣言」が発令される。周りの人たちは「とくに変わらないでしょう」と冷静(?)だ。小池都知事と安部首相の掛け合いで発令の流れができ、ついに実施される。目的と実施内容がなんだかしっくりこない。

 

 ハウスでの生活が一週間過ぎた。慣れないことが多く気疲れもあって夢中で過ごしてきた。新たな生活の流れが少しずつ始まっている。変わったのは晩ご飯が終われば眠くなる。早く寝れば早朝に目覚める。の、繰り返し。

 

 二曲のイメージが浮かんでくる。「泣いてたまるか」(渥美清)と「希望」(岸洋子)だ。両方とも暗い。明日の夢を望んでいるのに哀しみ一杯だ。二人の歌い手の個性と人生が溢れ出ている。むかし聞いた時から頭の隅に残っている。

 

 これからお風呂の時間、すべて水に流してくる。

 

 

ブログ再開します

  きのう予定されていた年間定期検査、胃カメラなど3件が朝早く中止になった。コロナウィルス感染が増大している現在、長い時間病院内にいるリスクは避けるべき、そんな判断がなされた。自分もそう思ってはいたが、言えずに受ける前提で準備してきた。

 

 今回の判断は実にありがたかった。朝飯をぬいているので、中止が決まって9時過ぎに菓子パンとコークをとった。入居するハウスの食事は朝、昼止めていたのだ。12時過ぎにスタッフが「奥様からお昼が届きました」とスーパー握り寿司が届いた。

 

 スタッフが「これもですよ」と50~60cmの鯉幟(こいのぼり)と吹き流しがついた飾りを渡してくれた。その二尾の鯉のぼりを見ながらスーパーで買ったお寿司を食べた。そのあと来た息子が少しの時間でインーネツト環境を整えた。鯉幟もボードに掲げた。

 

 ハウスでは家族も原則面会禁止。スタッフが家人から必要なものを受け取って自分の部屋に届けてくれる。電話とメールでコミュニケーションをとる。それにしても今回のコロナ感染騒動は薄ら寒い。隠れているものが不気味だ。こんなブログ再開になった。 

「メディカルハウス」に入居へ

 きょう午後、K病院が運営するサ高住「メディカルハウスK」に入居する。家族がきのう必要機器、家電類、衣類などを搬入。未明から降りつづける春雪が止むころにでかける。

 

 先月入院した際、退院後の治療方針について病院側と小生・家人とで話し合いがもたれた。そのときは小生が「もう少し自宅からの通院で頑張ってみたい」と述べた。

 

 退院後一ヶ月経って、通院が体力的に限界だと痛感した。それで「メディカルハウスK」(北坂戸駅徒歩4分)への入居を希望。手続き、確認で迅速に決まった。満室状態でラッキーだった。

 

 新しい出発の日になる。三階建て建物の二階個室に入る。一階にはクリニックと治療室がある。自宅から車で5、6分。入院でないから基本、外出・外泊は届出すれば自由。

 

 現在は新型コロナウイルス騒動で面会不可。ハウス生活が落ち着くころコロナも収束すれば嬉しいのだが。いずれにしても気候が暖かくなるので気分的には前向きだ。

心が動いた記事

 けさ読んだ3つの記事に心が動いた。

 

 読売・投書欄/「上司とそりが合わず、他事業部の仲間から声がかかり転勤することになった」。その朝、家に残る母親が「栄転祝い」を渡してくれた。「そうじゃないんだ」と話したら、「望まれていくのだから栄転です」と励ましてくれた。

 

 高島平キリスト教会A牧師の説教原稿/「小さなボートのオールを漕ぐ時、これまでの軌跡はすべて見えるが、行き先は見えない。しかしわたしたちは確信をもってオールを引く。それが信仰をもつ者の姿です」。

 

 「ほぼ日」糸井重里氏/「本を読むのは良いことだが、読まないことは悪いことではない」。育った家の習慣や環境による場合が多い。ただ、本を読むことで人の悲しみや痛みを感じ、多くの境遇を少しでも共有できる。「これはいいことだ」。

コロナ恐怖、現実化

 わたしの街、埼玉・坂戸市に近隣の川越市50代夫婦、入間市60代夫婦が新型コロナに感染していたと、県が発表。いずれも海外旅行で感染した疑い。急に恐ろしさが増した。

 

 わが家でも夫(小生)・定期病院通い、妻・老人介護施設勤務。孫の小2男児学童保育で、女児・保育所年長さんは園生活。いま塀の上を歩いている。今後、大幅な規制強化が行われる可能性もでてくる。

 

 自分のことは自分で守る、を原則に家族・地域ネットワークを活用していく。妻は今朝、職場のオンライン研修にでかけていった。午後一番でわたしのCT検査があり、それに同行してくれる。

 

 坂戸市に感染拡大したら、わが家の臨戦態勢を見直す必要がある。いずれにしても感染高齢者の死を避けるが要諦。その予備軍にもっとも当てはまるのが、わたし自身なのだ。キャー。

 

きょう「佐藤の日」

   きょう3月10日は「佐藤の日」だそうだ。朝日「天声人語」で知った。平将門の首をとった藤原秀郷(ひでさと)の拠点、栃木・佐野市の「佐」と藤原氏の「藤」にちなみ、一族が「佐藤」を名乗ったという。

 

 佐藤さんはとにかく多い。「佐藤、鈴木、高橋、田中、馬の○○」とも言うらしい。わが母の旧姓も佐藤、さらに妹の嫁ぎ先も佐藤だ。友人の佐藤さんは5、6人いる。その一人はサトウ・カズオという。

 

 わたしの苗字は読みにくい。最初から正しく呼んでくれる人は少ない。それで読みやすい姓に憧れていた。せめて子どもに名前をつけるとき分かりやすい、読み違いのない、を留意。二人とも一息で呼べる。

 

 生まれるとすでに姓がついている。名前は親がつけたり、祖父や誰かに依頼することもある。近年難解な読みの子どもが多い。“きらきらネーム”でクイズより難しい。イメージネーム!?名前ほど難しいものはない。

カレーの辛さにマンゴージュース

    「食べ物は記憶の導火線」、山本一力氏がそう言っていた。巧いなぁ!!、そうだと思う。若いときベテラン記者から教わった。人間関係を深めたいなら同じ仕事に夢中で取り組む。

      

   そしてお茶を飲んだり、食事を共にする。旅も最適。その積み重ねが「二人の関係」だ、と。若いころ、当時のFM東京・Oディレクターが赤坂のインド料理店に連れていってくれた。

 

  初めて本格カレーを経験、異次元の辛さに汗が吹き出た。と、Oさんはマンゴージュースを頼んでくれた。辛さが見事に引いた。最近、マンゴーを見るたびにOさんに会いたくなる。