「甘粕正彦」再読へ

   数日前から「甘粕正彦 乱心の曠野」(佐野眞一著、新潮文庫)をゆっくり読み返している。およそ5年前に読んだが、いま一度確認したいことがある。そもそも今回の動機は、大連にいる幼馴染のCちゃんが「甘粕大尉の縁者と付き合いがある。この地にいると当時の建物が残っているし、歴史的な話に関心をもたざるを得ない」と述べていたからだ。
 
 甘粕正彦は時代がつくった複雑怪奇な人物であり、見る側の見識によって評価がまったく異なる。最初に読んだ印象は、そうであった。昨年来、Tさんの父上の話など昭和10年前後の出来事との遭遇が続いている。日本が戦争に舵を切っていった時代の始まりだ。これまでも何冊かはこの時代の本や資料を読んできたが、頭に入ってこなかった。
 
 佐野眞一の人物ノンフィクションは、個人的には読後にかなりの嫌悪感が残る。しかし、そこが彼の真骨頂でもある。ただ、この「甘粕正彦」はすべてそのようには言い切れない。「甘粕は生命への執着、名への執着をもたなかっただけでなく、財への執着ももたなかった」、「甘粕の趣味は、釣りと鴨撃ち、それに謀略だった―」。前回、自分で引いた赤線部分だ。
 
 前回読了した時に、魑魅魍魎とした時代の中であえぎながらも表に見せなかった彼の心情が怪しさを増幅した。しかし、その裏返しで無言の叫びともいえる寂寥感が彼の奥底を蝕んでいた。彼の非情さと寛容さの交錯は、われわれのスケールよりとてつもなく広く、深い。今回、時代に翻弄される彼の一生を再度確認したい。