〈行く年や猫うづくまる膝の上〉

  •    〈行く年や猫うづくまる膝の上〉。きょうは夏目漱石没後99年の命日(朝日・天声人語)。漱石は徹底して権威主義を嫌った。犬のように権威に尾を振らず、猫のように柔軟な精神で大胆に皮肉った。この句、漱石は猫が自分に懐(なつ)いて膝の上にいるのではなく、単に寒いから乗っかっているだけだと分かっているのだろうか。もっともらしい〈行く年や〉がカギだな。

  •    漱石が国からの博士号授与を断った。そのときの言葉は「今日までただの夏目なにがしとして世を渡って参りましたし、これから先もやはりただの夏目なにがしで暮らしたい」。私の恩師A先生は英米文学の授業でも漱石を引用した。肥後モッコスの胆力を優しい笑顔で包まれていた。権力に真っ向から向き合い、国からの叙勲を断った。生前の「何も残さない」のとおりだった。

  •    シェークスピアT.S.エリオット、エミリー・ディキンスンなど周到に準備されたTEXTで、人間の厳粛さと愚かさが表裏一体であると淡々と述べた。この授業だけは一回もサボらなかった。わたしが卒論を書いたときの、右人差し指で打ったタイプライターの音が懐かしい。いい文章だとタイプの音は軽やかで、変に詰まると音は乱れた。あの卒論は〈猫〉にはぜったい見せたくない。