「TVとスポーツ60年」&修学旅行の思い出

   昨夜、NHKBS1で「TVとスポーツ60年」が放映され、あらためて力道山の活躍や1964年開催の東京五輪カラー放送を観た。それにしても、番組では関根勤が一人でしゃべって、若い女性アナが感動もなしに事務的に進行したのはいただけなかった。関根は昭和28年生まれだから、当時の記憶を無理に博識ぶってなぞる程度の羅列でしかなく残念だった。こっちは期待してテレビに向き合っていただけに、その分がっかりした。映画「東京オリンピック」(市川監督)の撮影助手だったという山本晋也監督がせっかくゲストで出ていたのだから、もっと興味深いエピソードを引き出した方が視聴者を盛り上げたはずだ。
 
 
その後すぐに、一枚の写真をパソコン画面に呼び出した。修学旅行で羽田空港を見学した時のものだ。見学日の掲示板に11月6日とある。1964年の東京オリンピックのとき、私は北海道余市高校2年生だった。東京オリンピックは10月10日から10月24日まで開かれたから、終了後すぐの修学旅行だったのだ。夜行列車で上京してバスで回ったのだが、羽田空港見学の記憶は自分にはまったくない。この写真は札幌の同級生K君が続けてくれているブログ「余市高校41会」に以前アップしてくれたものだ。「41会」とはわれわれが昭和41年に余市高校を卒業したのに因む名称だ。日付が確認できた。
 
開通間もない東海道新幹線「こだま」に乗ったことは今でも自慢だ。東京駅から名古屋に向かったのだが、この時に忘れられないハプニングがあった。みんな指定された席に座っていったが、自分の席には一人のお爺さんがすでに座っていた。「あノ~、すみません、ここは僕の席なんですが…」と言ったら、お爺さんがいきなり怒った。「何を言っているか、ここは自分の席だ。これが切符だ」とブツブツ言っている。先生が車掌さんを呼んでくれた。爺さんの切符は確かにこの席のものだったが、次の日の分だった。車掌は爺さんを連れてどこかに行った。ようやく友人たちの間に座って、大きく息を吐いた。