H君への手紙/「傘がない」の想い出

 わたしが結婚した1971年4月29日夕方、そのお祝いの席で貴君は井上陽水の「傘がない」を歌ってくれました。土砂降りの雨の日で、髪の長かった貴君や貴君とわたしの友人たちが駆けつけてくれました。みんな肩や腕はずぶ濡れでしたが、貴君とK君とはつばの広い黒帽子をかぶっていましたね。
 
 会の終盤にギターを取り出して貴君が歌いだしたのが、「傘がない」でした。貴君は友人への最大のプレゼントとしてこの曲を選んだのだと、わたしはすぐに分かりました。少しだけ濡れた長い髪を垂らしてギターを弾き、歌う貴君をみていると、まったく真剣で曲の一部になったように歌い上げました。
 
 昨夜、NHKBSプレミアム「井上陽水・氷の世界」再放送を観ていて、貴君がなぜ早い頃から陽水を好んで歌っていたのか、少しだけ分かりました。一時間あまりの番組の中で、「闇」という言葉が数回出てきました。その意味は彼が番組の最後にコメントした「人間の不条理」という言葉と同じ意味でした。
 
 この間会った時に貴君は帽子をかぶっていたので、珍しくわたしは褒めましたね。似合っていたから。本や音楽の話などをして別れましたが、その間際に貴君はわたしに「あまり言わないほうが良いよ」と一言。わたしがあまり長く生きられそうもなくて、体が動かなくなってきたと何回か愚痴たからです。ありがとう。