猫が見ていた向田邦子の涙

向田邦子の涙を知っていたのは二匹の猫だった。昨夜のNHKプレミアム「猫と芸術家の物語」を観た。2011年に放映されたドキュメンタリー風ドラマの再放送。女優・ミムラが驚くほど好演していた。秘密の恋、父親の死、乳がんとの闘い、など胸の深いところで涙を流していた向田邦子。その涙を見ていたのは、愛した飼い猫だったという展開だ。
 
プロの書き手の創作活動は命がけである。身を削りながら紡ぎ出す作品には、作家の過去も未来もすべて包含されていることを理解した。向田邦子を愛する読者は、芯からそのことを分かっている。父親、母親、妹・和子との関係が非常にスッキリと描かれていた。舞台回しの役割を担った愛猫たちは、他の作者の優れた猫物語に負けてはいなかった。
 
前半と後半にそれぞれ登場する猫たちは、向田の憧れであり、仲間であり、分身でもあった。番組中で小林亜星が「向田さんは猫のような性格だった」とコメントしていた。脚本家から作家に変わっていく場面は、このドラマの核心だった。最後に和子が語った猫を引き取ったときの話は、人柄からして説得力のあるものだった。猫と折り合いをつけるのはかなり難しい。