「サンマBBQ」

 「サンマ、焼いてー」。家人から「今晩、なに食べたい。これからスーパーに寄ってから帰る」と電話。夕飯のおかずは肉と魚を交互に食べている。昨日は魚の日だった。お昼のニュースで見た「目黒のサンマまつり」のサンマの焼き煙りが刷り込まれていた。何万人も押しかけて、宮古産のサンマ7,000尾を振舞ったという。あの匂いが伝染したのだ。
 
 今朝のニュースでは昭和30年代には一尾10円という時代もあった。大衆魚代表として君臨し、「秋刀魚」は秋の社会的季語になった。ようやく水揚げ量が本格的になったようだ。大振りで脂が乗った新鮮なサンマを焼いたら、大根おろしは欠かせない。「初物」の口当たりは心地よかった。冷笑されるのがオチなので「サンマは坂戸に限る」と駄洒落は言わなかった。
 
 夕食を食べながら、「栗拾いバーベキューのサンマ」を思い出した。M先生が東松山に栗林を持っていて、9月は友人たちを誘って栗拾いに行った。その栗林は40数年前にM先生と小生で桑の木を苦労して引っこ抜いてつくった。ときにM先生が40代、小生20代。 何回目かに会社の後輩Yくんを誘ったら「自分がバーベキューの台を作りましょう」。 
 
彼の父上は左官屋さんだった。Yくんが造ったBBQ釜戸はいまだ現役だ。栗拾いの度に、それで肉を焼き、サンマを焼いた。子供が小学生の友人たちが次々と仲間に加わり、大騒ぎの一日を過ごした。最後に、M先生は採れた栗すべてを参加家族分に均等割し、お土産にくれた。今は参加できないが、去年は月後半にわが家に届けてくれた。M先生85歳、現役。