82歳の五木寛之
『敗戦で平壌から引き揚げてきたが、その悲惨な状況がいまでも胸の奥に貼り付いている。多くの人を押しのける形で日本に戻ったが、それが自分の生き方に大きく影響している。何の世界でも前に出て偉くなっているのは、たいがい悪人だ。それは間違いではない。人間は本来邪悪な本性をもっている。物言わず胸に深く辛い思いを抱えて生きていくのが人生だ。NHKは「孤独死」などと仰々しく取り上げているが、人間は皆元々孤独なのだ。その意味では「孤独死」ではなく「自然死」なのだ』
自分が20歳を過ぎたころ、五木寛之が売り出した。海外を舞台にした小説は青年たちに果てしない夢を見させた。若い頃、自分は将来必ずフィンランドとスペインに行きたいと広言していた。この作家の影響だった。フィンランドは「スオミの夏」という短編小説がたしか「オール読物」に掲載されたからだ。そのページを抜き取ったものが、今も書斎の奥のほうに下敷きになっているはずだ。スオミ(フィンランド)もスペインも行けなかった。