「思い出の歴史」

  •    暖冬・晴れの大晦日。雑記帳メモから眼に飛び込んできた言葉。〈時計の針が前にすすむと「時間」になります/後にすすむと「思い出」になります〉。寺山修司の詩「思い出の歴史」(東日本大震災から一年後の2012.3.11./読売「編集手帳」から)。わたしは今年、時計の針を後ろに進めることがだいぶあった。寺山氏の「思い出の歴史」との表現に感心する。その実態は往時茫々、整然とした歴史年表にはなっていないのだ。

  •    昭和史に詳しい保阪正康氏は、戦後70年の印象の中で「三世代、約70年たつと、同時代史から歴史になる」、「感情が希薄になって事実が見えてくる」と語っている。戦後70年の今年は事実が露呈したものも多いが、隠蔽されているものも多い。政治・社会と同時に、自分の精神構造でも同じく揺れ続けた。ニュースに流された安易な納得が逆転されることも多い。保阪氏の言葉は冷静に複眼であれと教えている。

  •    今朝の読売新聞で作家・黒井千次氏と作曲家・池辺晋一郎氏が対談している。黒井氏が自らの極意3か条を述べている。「急がない」、「力まない」、「輝かない」。黒井氏は83歳だからお説ごもっともであるが、枯れ切る前の68歳には水平線にかかる虹だ。衰えてはきたが、体を伸ばしてできるだけ「急ぐ」、できるだけ「力む」。輝くかどうかは自分の意志でどうにもならない。息切れしながらも己の旗印は頑固に掲げたいと願う。