「あの頃は、」

 「♪あの頃は 二人とも、Ha!」―和田アキ子の「古い日記」は胸に刺さる曲だ。若い頃の恋人との断章を歌い上げる。朝日連載小説・沢木耕太郎「春に散る」を読んでいて、和田アキ子の声が浮かんできた。昔の仲間四人が再会した場面だ。
 
 「あの頃と言って、何の注釈もなくて通じ合える相手がいるというのは、実はとても幸せなことなんだ」
「広岡は星の言葉に強く心を動かされている自分を感じていた。同じ記憶を持った相手がまだいるということ。たしかに、それは、その過ぎ去った時間をいつでも取り戻すことができるということかもしれない」
 
妻を亡くした星の「すぐに通じる相手がいなくなると、あの頃というその年月の半分がなくなってしまうんだ、いや、もしかしたら全部かもしれない」という言葉は深い。
 
いま家族や友人たちと共有している現実は自分が生きている証しだ。そのことは過去が未来をつくってきたことを示している。「されどわれらが日々」なのだ。