「被爆者を抱くオバマ米大統領」

 明け方に夢を見た。誰かが低い声でささやいていた。「オバマ米大統領は表の主役、裏の主役が安倍首相。引き立て役は舛添都知事。これで美しく見える人物と酷く見える人物の対比がくっきりとTV画面に現れる」。オバマ氏の広島でのサプライズ演説は格調が高過ぎるほどだった。さらに彼が被爆者を抱いた映像が今回の儀式のすべてを象徴した。
 
 合理主義者として知られるオバマ大統領の今回の来日を通して完璧な広報戦略が立案され、実行された。オバマ広報チームの緻密な働きが成功した。日米両国民が予想以上に「良かった!!」と胸の痞(つか)えを下ろした。日米首脳会談後の記者会見、伊勢志摩サミットでの振舞い、岩国基地での米兵激励、そして、広島での演説と続いたオバマ・ステージに沸いた。
 
 演者・オバマ氏はシナリオを余裕をもってこなし、振舞いつづけた。微笑みと力強さで米国の姿勢を発信し続けた。彼は自らの正当性とレガシーを求めた。真のキーワードは「日米同盟」で、安倍首相は「希望の」という形容詞を上塗りした。未来永劫に維持・発展させるの意味であろう。日本側もほぼ想定どおりに日本国民にサミットと広島訪問のエキスを理解させた。
 
 マスコミは競って「被爆者を抱くオバマ米大統領」の映像・写真を流している。日本側も安倍首相がつねにオバマ氏にアテンドするように演出した。支持率はまちがいなくUPするだろう。一方、この華やかな舞台を反転させると、画面には舛添知事の醜態が露呈した。晒(さら)し者にされ続けるわけで、いい様に利用されている。誰もが石打ちの刑を望む形になっている。