アゲハ蝶の記憶

 雨上がりの午後3時頃、陽射しに誘われるように一羽のアゲハ蝶が窓の外をゆったりと羽ばたいていた。満開の紫陽花の上の方を行ったり来たりしている。まるで何かを探しているようだ。解かった、グレープフルーツの葉を捜しているのだ―。
 
 10年近く前になるが、そこにあった3メートル余りのグレープフルーツの木を切った。一部屋増築するためだった。それまで毎年必ずアゲハが葉の裏に卵を産みつけたり、葉を食べたりしていた。木は年毎に生長し、一度も花をつけなかった。
 
 さっきのアゲハはかつてその木に集まっていたアゲハの子孫なのかもしれない。そう思った。木がなくなって長い年月が経っているのに、その木を探して飛んでいたのかもしれない。アゲハの遺伝子にはそんな記憶が残っているのだろうか。
 
 不思議なことだと思った。ずっと昔の親アゲハの記憶がその子孫に引き継がれていくものだろうか。このグレープフルーツの木は、娘と息子が幼い時に家人が種をカップか何かに埋めたら芽を出し、ぐんぐん成長して狭い庭に植え替えられた。
 
 引越しの際に植えなおしたら、とてつもなく伸びた。娘は先日誕生日を迎え、息子は来月誕生日だ。二人とも四十過ぎの働き盛りになった。この子らや孫たちに残る記憶はどんなものなのだろう。アゲハ蝶に生命の不思議さと気高さを感じた。