藤原新也「スペシャル・ミール」

 朝日be版「作家の口福」に藤原新也が「スペシャル・ミール」と題して、彼らしいエッセイを書いている。「スペシャル・ミールとは米国で死刑囚に最後に供される食べ物で、これだけは死刑囚が自分で注文できる」、と書き出す。彼によれば、意外にもフライドチキンやステーキなどきわめて平凡なものが指定されているらしい。
 
 彼自身は「大根の葉の漬物の千切りにオカカをまぶし、銀メシに混ぜ込んだものを所望するかも知れない」と書く。59歳で逝ったお兄さんを最後の頃に、かつて通い続けた海鮮料理屋に連れて行った。たった一品だけ口にしたのがイカソーメン。門司港生まれの兄弟はイカを釣り、千切りにして醤油をつけておやつ変りに食べた。
 
最後の食卓で眠る記憶が甦り、小さな食欲を促したのかもしれない。ここで文章途中の一行「人間とはそういうものだ」の意味が鮮明になる。藤原の文章は小刀のように動き、切れる。門司港であそぶ幼い兄弟の姿が何枚もの写真のように浮かび上がる。白黒の構図の中で千切りにされたイカ白身に、醤油の雫が垂れている。
 
 お昼遅く、Tさんと近くの「天や」に行った。若者たちや家族連れが10人余り並んでいた。やや濃い目のタレが天ぷらの味を引き上げている。なんか癖になって食べたくなる味だ。スペシャル・ミール=最後の晩餐。自分の場合はなんだろう。肉、魚、中華?? なんと入院病室に天やの「天丼」(500円)をもってきてもらったりして。