アゲハ蝶の記憶

 
 きのう昼過ぎ窓の外で一対のアゲハ蝶が舞っていた。若黄色の羽をくゆらせ交差しながら飛んでいた。今年はじめて見る蝶で喜んだ。見とれていると槇(マキ)の木の周りを往来している。気がついた。あの遺伝子かもしれない。
 
マキの隣には以前グレープフルーツの木があった。子どもが幼いときに種から育て、庭に植えたら急速に生長した。濃緑の葉に白い花弁を開いた。やがてアゲハの卵が産み付けられ孵化して飛び立った。アゲハは毎年やってきた。
 
増築と駐車スペースを広げたので、グレープフルーツの木は取り去った。それでもアゲハは柑橘類の葉を求めて来訪しつづけた。きっとその一族なのだと確信した。アゲハは短い命を終えるが孵化した卵から子どもが羽ばたく。
 
遺伝子の中に“産卵SPOT”が組み込まれているに違いない。昨年もそう感じた。本能に導かれて来てみたらお気に入りの葉が見つからない。2、3分ほど縦、横と周っていたが、けっきょく屋根の上に消えた。なにか悪いことをしたような。
 
夢の中にときどき同じような町並みや野原がでてくる。行ったことはないが、見たことがあるような風景だ。その一部には色がついているときもある。目を覚ましても目を開けていない。記憶の向こうにある風景はいったい誰が見た形なのか?