「ここで何してるんだ?」

 「ここで何してるんだ?」、記者はこの台詞で始め、この台詞で文章を区切っている。今朝の朝日be版「みちものがたり・山崎街道」は読み応えがあった。歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」五段目の斧定九郎のはなしである。書き出しにやられた。
 
 誰もが心当たりがあるだろう。ふと「ここで何してるんだ?」、とつぶやいた経験が。時と場所はそれぞれだが、はっと自分にそう問いかけていた。おそらく未来への不安と過去への後悔とが混濁している時期だったと、後になってから気づく。
 
 この朝日記事が「忠臣蔵」による内容からか、京都・山科の大石神社の石段を上っていた時の自分の姿が浮かんだ。「ここで何してるんだ?」。内なる問いかけでもあった。近くの会社を取材に来て、見学を勧められたのが大石神社だった。
 
 主君の殿中刃傷事件でお家断絶になった元家老・大石内蔵助が世間の目を惑わすのに住まいを構えた山科の地。京の都でお遊びしながら吉良上野介への報復を準備していた。山科は交通の要衝でもあり、ひそかに家臣たちと連絡を取り合った。
 
 悲願成就までの流れのなかで、さすがの大石も一度や二度「ここで何してるんだ?」と自問したに違いない。大石の内なる葛藤は討ち入り成功の光の影になる。先に待つ不安と過去への悔み。20年前の石段、自分も同じ台詞で歩を止めた。