「変しい変しい杉葉子さま」逝去

 杉葉子さんはすでに赤坂・山王ホテル(当時)ロビーで待っていた。初めてお会いするのにすぐ分かった。柔らかくも凛としたオーラをまとっていた。15日に亡くなられた。90歳。大人のスターの雰囲気に我を忘れた夢心地の遠い想い出。
 
 45年前の広報連絡会議で某顧客企業トップが社内報の対談相手に杉葉子さんを指名した。アレンジを要望され、自分が担当に指名された。杉さんは戦後まもなく青春映画「青い山脈」で一躍有名スターになった。トップのあこがれの人。
 
 ニ時間ほど経って対談と懇談は終わった。広報部長が寄ってきて「君が一緒に乗ってお送りするように」と指示された。正面玄関にハイヤーがつけられていた。杉さんが「池袋まで行くから一緒に行きましょう」と言われた。
 
 杉さんと二人で乗った車の中では極度に緊張していた。杉さんは「これから文芸坐今井正先生の映画を観るの」、「もし時間があるなら一緒に観ませんか」と親切な言葉をかけてくれた。上品な香水にも酔って、25歳はノックダウン。
 
 まさしく「変しい、変しい、新子さま」状態、そのラブレターが大受けした時代だった。叔母が笑いながら映画を話してくれた。戦後という新時代を示した。杉さんはアメリカ人と結婚、ロサンゼルスで華道、茶道などを広めた。どうぞ安らかに。