枝野氏、反省と陳謝

 (時事通信・昨日18:18配信国会事故調査委員会に招かれた枝野幸男経済産業相の公開聴取は、予定を30分以上超えた。枝野氏は原発事故の直後、原子力安全・保安院が「炉心溶融」という言葉を避けたことについて、語気を強めて自らの指示を否定。官房長官として政府の広報対応に当たった当時を振り返り、「私が思ったことと受け止めの間にずれがあり、申し訳ない」と話した。
 
 今朝の各紙もいっせいに一面トップの扱いでこの件を取り上げ、朝日「情報発信、国民とずれ―反省の弁」、読売「情報集約が不十分―避難混乱を陳謝」となっている。普段とは異なる枝野氏の厳しい表情の写真が使われている。弁護士出身の枝野氏であるから、参考人聴取でも堂々と持論を展開した。(辛めにいえばやや責任逃れにも聞こえたが)マスコミは全体的に枝野氏を叩いていない。
 
稀有の事態に各種情報を集約して、それを発表する官房長官という難しい役割であった。事故発生直後の枝野氏が連発した〈甘い見通し〉について自ら「(情報発信のあり方は)全部、経験と勘で、ノウハウを個人が積み上げて行われている」と述べ、「広報体制が取れない仕組みそのものに欠陥があると指摘した」(読売)とある。本日参考人聴取の菅直人前首相の場合は、こうはいかないだろう。トップの責任は国の行方を左右するほど重いからだ。応答とその後のマスコミ報道の中身が注目される。
 
 小生はいつも枝野氏の耳の大きさに驚く。顔が大きいからあまり目立たないが、異様なほど大きく膨らんでいる。本来、たくさんの情報が入り、自らの音感も優れているような耳だと思う。秀才でかつ極めて音感の良い人物はたまにいる。枝野氏はその典型であろう。宇都宮市出身。祖父尾崎行雄のファンで、男の初孫である枝野には「ゆきお」という名前をつけろと父が祖父から言われていて、字は違うが"幸男"と名付けたそうだ。
 
その由来を聞かされて、物心がついた頃から政治家を志望していたという。早稲田大学に合格したらジャーナリストを、東北大学に合格したら弁護士を目指すことにした。早稲田大学は不合格となり、東北大学法学部進学、法曹界を目指す。東北大学では憲法学者小嶋和司のゼミに所属、ここで「憲法も法律も道具である」という考え方になる。弁護士として1988年、24歳で司法試験に合格している。