結婚スピーチの名手

  久しぶりに朝日「天声人語」から取り上げる。今朝は結婚式のスピーチについて書き出し、「イグ・ノーベル賞」の長話を黙らせる装置のユーモアさに広げている。退屈な冗舌は周りの辟易には気がつかない。結婚式のスピーチは長引くのが相場だ。英国の作家・モームの短編に「平凡きわまることを、釘を壁にハンマーで打ち込むように、他人の耳の中に押し込んだ」ような女性がでてくるとある。
 
サマセット・モームは簡潔な文体と巧妙な筋書きを本分とした。彼は通俗作家と評されている。それは小説の真髄は物語性にあると確信し、ストーリーテリングの妙をもって面白い作品を書き続けたからだ。が、作品の中には、シニカルな人間観がある。Ex、「なぜ美人はいつもつまらぬ男と結婚するんだろう?」「賢い男が美人と結婚しないからさ」。
 
結婚式のスピーチは実にむずかしい。言い直しがきかないので、言葉選びに細心の注意が必要だ。扇谷正造著「聞き上手・話し上手」(講談社現代新書)にこんな例がある。「新婦はハイミスで、なかなかの美人。彼女の直属の上司が立ち上がって、『○○子さん、とにかくおめでとう』。これをきいてヒヤリとした。『とにかく』はあまりよくない想像をかきたてる」。何気なくしゃべった分、罪深いともいえる。
 
延々と長口舌の続いた結婚スピーチのあとで、池田弥三郎(当時慶大教授)がこう述べた。「あるアンケート調査で、新郎新婦たちに『パーティでのスピーチを憶えているか?』ときいたら『憶えていない』がなんと80%だった。『あの時何をいちばん望んだか?』には『早く二人っきりにしてほしい』が85%だった。したがいまして、私のスピーチはこれで終わります」。スピーチの名手といわれる所以である。