村上春樹と橋本治/「朝日」寄稿から
今朝の「朝日」に村上春樹と橋本治という同世代の作家二人が寄稿している。村上の一面見出しは、「魂の道筋、塞いではならない―日中韓文化交流への影響を憂う」で、橋本はオピニオン面で「『みんな』の時代―『国民』というより仲間」だ。
村上の主張で理解できないのは、「残念ながら領土問題は避けて通れないイシューである。しかし、それは実務的に解決可能な案件であるはずだし、また実務的に解決可能な案件でなくてはならないと考えている。領土問題が実務問題であることを越えて、「国民感情」の領域に踏み込んでくると、それは往々にして出口のない、危険な状況を出現させることになる。それは安酒の酔いに似ている」の前半部分だ。「実務的に解決可能」の具体的意味が分からない。
現実として長期にわたる日中、日韓間の紛争として拡大しているのが尖閣問題であり、竹島問題であるからだ。村上は「静かな姿勢を示すことが大事で、それはまさに安酒の酔いの対極に位置するものになるだろう」と語っている。その通りだが、それだけでは「事務的に解決可能」の道は開かれてくるとは到底思えない。このプロセス形成に一言でも触れていなければ、作家の「戯言」と言われかねない。
橋本の寄稿は、村上が触れていない現在の日本人の姿を示している。「『国民』というくくりが、日本人の中から遠くなっているように思う。竹島や尖閣諸島の問題で韓国や中国は『国民的な怒り』を爆発させているが、いまの日本にはそういうものはない。そのような習慣もメンタリティも、いつの間にかなくしているからだ」。