「悪相の魚は美味し雪催」(真砂女)

   「悪相の魚は美味し雪催(ゆきもよい)」―鈴木真砂女の句である。けさの朝日「天声人語」で「魚を詠みつつ、どこか人間観察のような趣も秘めて奥が深い」と紹介している。かつて銀座1丁目に「卯波」という小料理屋を開店した。「あるときは船より高き卯浪かな」の句から店名を「卯波」にした。その後は「女将俳人」として生涯を過ごした。2003年に96歳で死去。生涯に7冊の句集を刊行。「銀座に生きる」などのエッセーも執筆した。
 
   恋の句を多数残した情熱の女流俳人として丹羽文雄『天衣無縫』、瀬戸内寂聴『いよよ華やぐ』といった小説のモデルになった。実家の旅館は現在鴨川グランドホテルになっていて、鈴木真砂女ミュージアムが併設されている。瀬戸内の「いよよ華やぐ」(上・下、新潮社)は日本経済新聞連載中から評判を呼んだ。俳人にして小料理屋の女将・藤木阿紗92歳の激しい人生の軌跡から浮かび上がる「女の生命(いのち)」にあふれた作品だ。
 
    天声人語」には「鰯(いわし)裂くに指先二本安房(あわ)育ち」も紹介されている。魚の句はまだ多い。「鮟鱇と一対一の一句なり」、「鯛は美のおこぜは醜の寒さかな」などだ。一方、恋の歌はこうだ。「すみれ野に罪あるごとく来て二人」、「恋を得て蛍は闇に沈めけり」、「死のうかと囁かれしは蛍の夜」。さらに、「人のそしり知つての春の愁ひかな」もある。自分には分からない句も多い。
 
 娘で文学座俳優の本山可久子著「今生のいまが倖せ・・・母、鈴木真砂女(講談社)は母の人生を冷静に書き綴っていて、真砂女の生き方が等身大で伝わってくる。本山さんとは少しだけ知り合いで、小生が弱っていた時に何回も励ましの言葉をかけてもらった。凛とした優しさは母親と共通しているのかもしれない。本山さんは真砂女の最終句として「生国は心に遠き卯波かな」など15句を挙げている。