「業界紙時代の藤沢周平」

   藤沢周平・徳永文一著「甘味辛味~業界紙時代の藤沢周平(文春文庫)を読了。「田中角栄」(早野透著、中公新書)と併読していたが、薄い分はやく読み終わった。「角栄」もあと50ページだ。
 
 この「甘味辛味」は藤沢周平が足掛け15年間在籍した日本食品経済社という食品業界紙での足跡を掘り起こしたものである。藤沢さんは昭和39年から退社までの10年間は、週刊で発行される「日本加工食品新聞」の編集長をつとめていた。この新聞の第一面の下に「甘味辛味」という常設コラムがあった。朝日の「天声人語」、読売の「編集手帳」にあたる。必ず編集長が執筆するきまりで、藤沢さんは10年間、このコラムを書き続けた。
 
 これらの中から文春文庫編集部が約70編を選んで収録している。テーマはハム・ソーセージ業界のこと、経営のこと、事件や社会、世相と話題は多岐にわたるが、編集部が上手く整理している。時には、家族のことや、故郷のことにも筆は及ぶ。全体を通じて、いかにも藤沢周平らしい正義感と反骨心、優しさとユーモアに満ちた内容になっている。後半に収録された「業界紙時代の藤沢周平」は、元読売新聞記者の徳永文一氏が当時の藤沢さんの同僚、仲間から丹念に取材したエピソードから成る。
 
 記者時代の藤沢周平の素顔、働きぶり、加工食品業界の状況などがくっきりと浮き彫りになってくる。藤沢さんが小説を書くことと、仕事をすることをどのように考えていたかが実にうなずける。収録されているコラム「甘味辛味」の時代が自分の社会人なりたて当時と重なり、その時代背景と絡まってなおさら心打たれた。藤沢さんの重すぎるほどの人生が作品の源泉になっていることを再度痛感させられた。