団塊世代は「幸せ見本」を―

糸井重里氏が今日の「ほぼ日刊イトイ新聞」で引用している。
「わたしが、わたしの人生で見聞きしてきたもの。わたしが、わたしの人生でやってきたこと。わたしが、わたしの人生で会ってきた人びと。それを、たしかめようとしている。それを、数えようとしている。老いるとは、そういうことだよ。」
                    <『セフティ・マッチ氏の銀の言葉』より>
 
この言葉を読んで、瞬間的に知り合いの新聞記者A氏のコラムを連想した。「晴れのち〈ちょっと〉ヒマ」と題するコラムは先月末、終わった。彼から3年間140回分のコピーをもらったので、この10日間ほど寝る前に少しずつ読み続けていた。筆者である彼も上記のようなことを述べようとしていた。毎週コラムを書くとは、それを確認していくことなのだ。
 
彼がコラムの終盤に書いた印象的な言葉がある。「われわれ団塊の世代は、続く若者たちのために『幸せ見本』を創造していく使命がある」。そんな主旨のコラムだった。これを読んだ日は、納得してそこでやめた。超高齢社会のさきがけとして今を生きているわれわれが、もっとも自らに納得のいくことに残された時間を使おう。それが彼のメッセージだと思った。