「一本の点滴より、一口のスプーン」

朝日be版「作家の口福」に内館牧子氏が「一本の点滴より一口のスプーン」を書いていて、内容に納得した。動脈と心臓の急性疾患で岩手医科大病院に運ばれ、十三時間近い緊急手術を受けた。意識不明が二週間続き、危険な状態でICUに二ヵ月もいたという。「生還できた理由は、私の中では二つに絞られる」とある。
 
「ひとつは、卓越した医師、看護師、医療スタッフと出会えたことだ」。そして、「もうひとつの理由は、『口から食べたこと』である。間違いない」と断言している。大きな心臓手術を経験したわが身からいえば、内館氏の「間違いない」は間違いない。小生も断言する。「名医に出会うこと」と「口から食べること」が命をつなぐ。同感だ!!
 
初めは栄養点滴だったが、次第に流動食に変わった。「飲み込めない」。あまりの苦痛から担当医師に「点滴に戻してほしい」と頼んだ。すると医師は言った。「一本の点滴より、一口のスプーンですよ」。「これには目がさめた」と内館氏は述べている。心臓手術の際、気道確保のために口から太いパイプを入れる。それが外れても、喉は異常な状態になる。
 
 手術後はほとんど意識不明が続き、声は「森進一状態」になる。自分の場合は一週間の意識がない。医師や家族には「対応していた」らしいが、まったく憶えていない。長い長~い何層にも重なった複雑で異常な夢を見ていた。一週間経った朝に初めてほとんど水のような流動食を口から取り、その後少しして男の看護師さんに支えられて立たされた。
 
その日の夕方からすぐに歩く訓練が始まった。支えられても56mがやっとだった。それほど筋力が落ち、体力がなくなっていた。しかし、この歩行から記憶が少しずつ戻り、食欲が出てきた。バラバラに拡散していた記憶の断片たちが次第に元に戻ってきたのだ。悪い夢からも覚めた。医師は退院まで二ヵ月と予想したが、三週間で退院した。「食い意地」のおかげだった!!