鯨の墓

【むかしは江戸の海にも鯨がやってきたらしい。その証拠に東京・東品川の利田(かがた)神社には鯨塚、つまり鯨のお墓がある。寛政10年(1798年)5月、沖合に迷い込んだ大物を漁師らが捕まえ、将軍の上覧に供する大騒動となった。供養のため、のちに塚を築いたという。▼こういう風習は日本中にあった。苦心して捕獲した鯨をあますところなく利用し、その恵みに感謝して霊をとむらったのだ。鯨塚は東北から九州まで広く分布、なかには戒名をつけてもらった鯨もいるという。かくも高い精神性を伴ってきたのが日本の捕鯨文化なのだが、感情的な反捕鯨運動の前に立場はますます厳しい。▼南極海での日本の調査捕鯨中止を、オーストラリアが国際司法裁判所(ICJ)に訴えた裁判が結審した。年内にも判決が出る運びだ。】(今朝の日経「春秋」から)
 
かつて山口県長門市仙崎を取材で訪れた時、郷土歴史家の医師が鯨のお墓に案内してくれた。母鯨の体内にいた胎児に戒名をつけて丁重に葬った。対岸の青海島(おおみじま)にある向岸寺の鯨墓である。その数は70数頭。昔の鯨捕りの精神(こころ)に深い感動を覚えた。
 
仙崎出身の詩人・金子みすゞは鯨法会をする地域の慣わしに感銘して『鯨墓』を書いた。この『鯨墓』が慈しみを主題とする彼女の詩の原点ともいわれる。彼女の「大漁」など魚への鎮魂歌は、我々が忘れてしまった日本人の「原点」を伝えている。それゆえ今も何回目かの金子みすゞブームが続いている。
 
 昨夜、知り合いのK氏から「人間が食べる魚の量と鯨の食べるその量の比較を確認したい?」との問い合わせ。水産ジャーナリスト・梅崎義人氏に電話して聞いた。「人間は年間9,000万トン、鯨類は年間4億トン。鯨が人間の4倍以上の魚を捕食している」との答であった。捕鯨問題の行方が気にかかる。