「破綻 林原の真実」

  20年ほど前に岡山の優良企業「林原」を取材で訪れた。岡山駅すぐ横の本社に行ったら取締役の「林原生物化学研究所長」が出迎えてくれ、車で同研究所に案内された。社長直轄のこの研究所が林原という会社の源泉であった。ここから世界初の技術が相次いで生み出され、「トレハロース」、「インターフェロン」などが世に出され、売れた。
 
林原健社長はかつて日本経済新聞私の履歴書」に登場して、空手や亀甲などの独特の趣味と先端バイオ事業観を披露していた。取締役の話では「社長は午前に出社してまもなく出かけてしまう。経済人とはほとんど会わない。岡山大学の先生たちや工芸職人などと話している」ようだ。いずれにしても、そのユニークな経営手法に驚いたものだった。
 
 今回、H君が送ってくれた「破綻 バイオ企業・林原の真実」(林原靖著、WAC)は破綻した同社の事情を専務・靖氏が書いた本である。二晩で読み終わった。日経ビジネスに「敗軍の将、兵を語る」というロングラン・シリーズがある。経営に失敗したトップがまさしく当事者として語る記事だ。「破綻・・・」の帯にはその「敗軍の将、兵を語る」とある。
 
 中味は中国銀行住友信託銀行にやられた、マスコミからひどい報道をされた、社長の林原健と専務の著者は精一杯の責任を取った、など。著者は「実録」と述べているが、たしかに一方から観たドキュメンタリーである。結論から言えば経営者としての深みがでていなくて、あまり納得できなかった。本が売れているのは「林原」のブランドと銀行マター、タイミング故だろう。
 
 小生がもっとも不思議だったのは、研究所の壁に掲げてあった揮毫「林原の午睡(はやしばらのひるね)」がこの本には一度も出てこなかったことだ。この言葉は「高野の午睡」から来ていて、高野山には寝ていても各地から多くの人と情報が集まってくる意味だ。林原にはノーベル賞クラスの学者や研究者が多く訪ねたと聞いた。なぜか「午睡」が消去されている。感動してたのに。