渡辺淳一氏逝く
「『化身』の部屋はそのままですか?」、ジャーナリストが女将に尋ねた。「はい、そのままですよ」との返事。二年前、日本橋小網町の鰻老舗「喜代川」での問答だ。井原水産の井原慶児社長が打ち合わせ後にお昼に誘ってくれた。夕刊紙編集者、ジャーナリスト、小生。小説「化身」の舞台にもなった二階の一間は「霧子の間」と呼ばれている。いつか夜に来て、その三畳間でふっくらした鰻を頬張りたいと思った。
「君は『失楽園』をどこで読んでいるの」。インタビューが終わった後の懇談で、某大手企業の社長が聞いてきた。日本経済新聞に連載されていた頃だ。「朝、通勤電車の中で読みますが、社長は…」と切り返した。「いやあ、会社に来る車の中でだよ。部屋(社長室)で読んでて、秘書が来たら恥ずかしいからね」。何人もの経営者が「失楽園」を話題にした。その一言に、年代のかなりの違いを感じたものだ。